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熊本地方裁判所八代支部 昭和37年(ヨ)53号 決定

申請人(二三五名選定当事者) 松本茂 外二名

被申請人 扇興運輸株式会社

主文

債務者は、債権者(選定当事者)らに対し、別紙選定者請求金額一覧表記載の金額合計金七四六、七四六円を仮に支払わなければならない。

申請費用は債務者の負担とする。

(注、無保証)

理由

当事者間に争ない事実および双方の提出した疎明資料により当裁判所が一応認定した事実並びにこれに基く理由の要旨は次のとおりである。

一、別紙目録記載の選定者は、いずれも債務者会社に雇傭されその水俣支店に勤務する臨時従業員であり、右臨時従業員をもつて組織する水俣地区一般労働組合扇興支部(以下一般労組扇興支部という。)の所属組合員である。債務者会社は本店を大阪市北区におき運送事業を営む会社であり、水俣市ほか七地区に支店を設けており、右水俣支店は、同市所在の新日本窒素肥料株式会社水俣工場(新日窒水俣工場という。)の運輸業務を引受け行つている。

二、ところが、新日窒水俣工場の従業員で組織する合化労連新日窒水俣工場労働組合は、昭和三七年四月頃から安定賃金をめぐつて会社側と争議に入つて波状ストライキを続けていたところ、同年七月二三日全面無期限ストを断行し、会社も同日ロックアウトを宣言したため、新日窒水俣工場の生産業務は停止するに至つた。しかしその後間もなく右合化労連新日窒水俣工場労働組合(日窒旧労組という。)を脱退した者によつて新労働組合(以下日窒新労組という。)が結成され、同年八月中旬から日窒新労組員によつて新日窒水俣工場の生産業務は再開され、漸次就労員も増加し生産も上り、会社側において一〇月の操業率を平均七割三分と発表している。

三、債務者会社水俣支店における業務の約八割は新日窒水俣工場の運輸業務であつたため、前項争議によりその業務が減少し、昭和三七年五月頃から選定者らのうちには休業者が出るに至つたが、これらの者に対してはその平均賃金の一〇〇分の六〇に当る休業手当が支給されてきたところ、同年九月二八日右支店は、選定者らの所属する一般労組扇興支部に対し、新日窒の争議が長期化し経営が困難となつたので、同月三〇日をもつて休業補償を打切ると申入れ、かつ一〇月一日以降休業補償打切の通知を選定者らに郵送した。かくして債務者会社は選定者らに対し一〇月一日から休業(以下本件休業という)しながら、休業補償の支給を停止するに至つたのである。

四、労働基準法第二十六条の「使用者の責に帰すべき事由」とは、同規定が労働者保護のためその最低生活を保障しようとする趣旨にあり、かつ企業経営の利益が使用者に帰属することに対応して企業経営上の障碍による損失も使用者が負担すべきであるという衡平の観念よりすれば、民法の解釈とされている使用者の故意過失又は信義則上右と同一視すべき事由より広義に理解しなければならないものであつて、企業経営者として不可抗力を主張しえないすべての場合をも含むと解すべく、したがつて、経営政策上の事由や経営障碍を理由とする休業も使用者の帰責事由となる。債務者会社が本件休業に入るに至つたのは、その運輸業務を担当していた新日窒水俣工場が争議のため生産業務が一時停止ないし縮少したことにともない業務が減少して経営障碍を惹起したことによることは明らかであるが、関連企業における業務の変動を原因とする経営障碍の場合と雖も、企業経営者としては直ちに不可抗力をもつて主張しえず、客観的に見て通常なすべきあらゆる手段を尽したと認める場合にのみ休業手当の支払義務を免れうると解するのが相当である。債務者会社水俣支店は新日窒水俣工場の運輸業務を担当しているがそれが右水俣支店の業務のすべてではないのであり、本件休業に入つた当時はむしろ右水俣工場の生産業務は漸次増加しようとする時期に当つていたのであり、債務者会社が本件休業を防止しようとしてなしたと認められる各措置ではいまだ使用者の帰責事由を免れさすに不充分であると考える。就中債務者会社は、新日窒水俣工場が日窒旧労組の支援する一般労組扇興支部に所属する選定者らの右工場における就業を認めないため選定者らに対し本件休業をなしたもので、債務者会社としては已む得ないと強調しているが、右のごとき事由があつたとしても、前記説示の趣旨より休業手当の支払義務を免れないと考える。

五、したがつて、債務者会社は、選定者らに対し本件休業につき労働基準法第二十六条所定の休業手当を支払う義務があるというべきであり、選定者らの昭和三七年一〇月一日から同月一五日までの平均賃金の一〇〇分の六〇に相当する金額は別紙請求金額一覧表記載のとおりであるから選定者らは、債務者会社に対して右休業手当の支払を請求できる。そして選定者らが右休業手当の支払を受けえないことによつてこうむる損害は、現時の経済情勢および選定者らが賃金労働者であることに照して極めて著しいということができる。かかる緊急性の存する場合は債権者に満足を与える仮処分も許容されると解せられるので、債権者の申請を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 倉増三雄)

(別紙)

請求金額一覧表

氏名         金額

小島和行       四、二一二円

荒瀬喬二       三、二五〇円

竹下斉        二、一九七円

立石一言       二、一七一円

吉野寉雄       六、〇九七円

(他二三〇名分 省略)

(金額総計 七四六、七四六円)

選定者目録〈省略〉

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